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1990_NISSAN_R90CK_overview
グループ6に代わる新時代のスポーツカーレースとして1982年に始まった世界耐久選手兼(WEC)は、レース距離に応じて使用できる燃料の総量と、最低重量などの基本要件が満たされたクローズドの2シーターカーであれば、エンジン排気量やレイアウトなどに制限を持たない自由なレギュレーションをもつグループCカーにより争われ、人気を博した。
その格式をさらに高めるべく、FIAは1989年の世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)に参加するチームに対し全戦出場を義務付け、レースの総走行距離を480kmに統一するなどの改革を断行する。
そこで日産ワークスは長年使用してきたマーチ製シャシーをやめ、ローラと手を組み、初のカーボンモノコックをもつR89Cを開発するが、トラブルも多く目立った成績を残せなかった。
そこで90年シーズンを前に、日本はローラのモノコックを用いて独自のシャシーR90CPを製作することを決意。一方、英国を拠点とするNMEが、ローラ・カーズとWSPC用に共同で開発したのが、このR90CKである。
R90CKは直線重視だったR89Cの反省から、フロントホイールを18インチ、リヤホイールを19インチに大型化。それに伴いブレーキディスクも大型化するなど、テクニカルコースでのスプリントレースを意識した改良が施された。
エンジンは前年から改良を施した、3496cc V8DOHCツインターボの日産VRH35Z。ル・マンに持ち込まれた予選用スペシャルは1200ps以上の最高出力を発生したといわれ、それを搭載したNMEの24号車をドライブするマーク・ブランデルが2位を6秒以上離す3分27秒02を記録。日本車として史上初となるル・マンでのポールポジションを獲得した。
しかしながら、日産チーム内の内紛もあり決勝は惨敗。その後のWSPCでもモントリオールとメキシコで2位に入ったのみで、シリーズランキング3位にとどまっている。
結局R90CKとNMEの活動は90年限りで終了するも、日本のノバ・エンジニアリングがシーズン終了後に1台を購入。独自のモディファイを施し91年、92年のJSPCでワークスを脅かす活躍をみせたほか、アメリカのNPTI(ニッサン・パフォーマンス・テクノロジー)が独自の6速MTを搭載したR90CKが1991年のデイトナ24時間で2位に入るなど、本来のポテンシャルの高さを証明してみせた。
ワークスで6台、ノバ用に1台の計7台が作られたといわれるR90CKだが、現車のシャシーナンバーはR90C/5。NMEにデリバリーされ、90年のWSPCを闘った個体である。しかしながら当時のシャシーナンバー履歴が保管されておらず、それ以上の詳細が不明だが、関係者からは90年のル・マンでP.Pを獲得したのは、このシャシーだという証言もある。いずれにしろ、現在もレースレディの状態で残る貴重な個体であり、2016年のル・マン・クラシックではポールポジションを獲得。決勝でも2位に入っているほか、ヒストリックグループCでも多くの優勝経験をもっている。