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1967_DUTSAN_FAIRLADY_SR311_overview
フェアレディ1600に追加される形で1965年5月に発売されたSR311型フェアレディ2000。テールエンドに向かってショルダーラインが落ち込む流麗なオープン2シーターボディに搭載されるのは、2ℓ直4SOHCのU20型エンジン。燃料供給は2基のソレックス44φキャブレターによって行われ、当時の2ℓクラスとしては破格とも言える145ps/6000rpm、18.0kgm/4000rpmというスペックを誇った。そこに組み合わされたミッションはポルシェシンクロを持つ5速MT。
このようなパワートレインが与えられた一方で、車重はヒーターやラジオレスの状態でフェアレディ1600よりも10kg軽い910kgに抑えられていたため、圧倒的な動力性能を誇ったのである。当時の資料によると0-400m加速タイム15秒4、最速速度は205km/h。ちなみに、国産車で200km/hオーバーを謳ったクルマはフェアレディ2000が初めてである。
1967年11月に一部改良を実施。北米の安全基準を満たす目的で、3点式シートベルトの採用やヘッドレストの追加、国産車初となる衝撃吸収式ステアリングシャフトの採用などが行なわれた。また、同年10月までの最初期型はフロントウインドウが低いローウインドウスクリーンとして、それ以降のモデルとは区別される。さらに、翌1968年にはハードトップモデルも追加された。
フェアレディ2000はスポーツカーとして高い資質を持つことから、モータースポーツのベース車両としても受け入れられ、1967年に開催された第4回日本グランプリや1968年の日本グランプリではGTクラスで見事1~3フィニッシュを飾って表彰台を独占。また、1968年にはモンテカルロラリーにも参戦しており、グループ3クラス3位、総合9位というリザルトを残している。
当個体は生産台数が僅かに640台程度とされる、1967年の4月から11月の間に生産された希少な最初期型のローウインドウスクリーン・モデル。脱着可能なウインドウスクリーンに加え、センターミラーの位置もその後のモデルとは異なるのが特徴となる。
近年フルレストアを実施。その内容は徹底しており、まずボディとシャシーを分離した上でシャシーにはブラスト&アルミ溶射処理を行ない、ボディは塗装を全剥離したのちにペイントし直されている。クルマの骨格であるシャシーとボディをしっかりとつくり直すことで、発売から50年が経過するクラシックカーであっても、錆などの心配は皆無である。また、錆びやすいマフラーに関しても、新品にアルミ溶射するという念の入れようによって耐久性、耐候性が格段に高められている。その上でエンジン、ミッション、デフ、サスペンションをフルオーバーホール。走りに直結するパートにも不安はない。さらに、年式が古くなるほど頻発する電装系の不具合についてはハーネスを純正新品に交換。原因究明が厄介なトラブルとは無縁でいることができる。
上記のような機関的な箇所に加え、もちろん内外装も抜かりはない。内装は純正同様の仕上げとされ、表面が傷んだメッキパーツ類には再メッキ処理を施すことで、新車と見紛うような状態を全身隙なく再現している。