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スカイラインというクルマは、元はプリンス自動車工業(ex富士精密工業)のメインモデルとして誕生している。初代ALSI型、そして二代目S5型と、自動車黎明期の日本にあって、それは時代の最先端をいくクルマだった。初代においては、ミケロッティデザインのスカイライン・スポーツ、そして二代目では6気筒エンジンを積んだGT(その発展型のGT-A、GT−B)が特に有名である。
しかし、プリンス自動車工業は、そのコスト度外視の開発と販売戦略の不十分さから恒常的な経営難に陥り、1966年、遂に日産自動車に事実上の吸収合併されることに。三代目となったC10スカイライン、通称“ハコスカ”は68年の登場で、それはプリンス時代の開発モデルであり、また“日産プリンス”として初のニューモデルとなった。当初は4ドアセダンをはじめ、ワゴンやバンといった極めて実用的な組み合わせで販売され、少し遅れて、ノーズを延長しL20型2ℓ直6 SOHCを積んだ2000GT(GC10)がデビューすると、先代プリンス・スカイライン時代と同様に、モータースポーツでの期待が高まっていった。
そして、1968年10月、第15回東京モーターショーにおいて衝撃のコンセプトモデルがデビューを果たす。その名も“スカイラインGTレーシング仕様”。ツーリングカーレースなどで活躍したプリンス・スカイライン2000GT-B(S54BⅡ)の後継車という位置付けだった。“スカイラインGTレーシング仕様”は、2000GTの4ドアセダンボディに、打倒ポルシェを期して開発されたGTプロトタイプレーシングカー、日産R380に載るGR8型エンジンのノウハウを注入したS20型2ℓ直6DOHCエンジンを搭載する刺激的なモデルで、ショー会場での話題をさらった。
翌1969年2月、レーシングを“R”と改め、コンセプトとほぼ同じ形で初代スカイラインGT-R(PGC10)が誕生する。S20エンジンには、量産車としては世界初となる4バルブDOHC機構を採用。最高出力160ps、最大トルク17.6kgmと、当時の国産車としては最高峰のスペックを誇った。4ドアセダンのハコスカGT-R(PGC-10)は832台が生産され、1970年にショートホイールベースの2ドアハードトップがスカイラインのラインナップに加わると、GT-Rは2ドアハードトップ(KPGC10)のみの設定となった。なお、2ドアのKPGC10型GT−Rの生産台数は1197台とされている
スカイラインの中でも、GT−Rはツーリングカーレースを闘うために開発されたモデルであり、“ハコスカGT−R”は「JAFグランプリ」にてデビューウィンを飾った後、熟成・開発を重ねながら台頭してくるライバルたちを抑え続け、遂に1972年3月、前人未到の累計50勝を達成。同年10月のワークスレース活動休止までに挙げた勝利は通算52勝となり、うち49勝は連勝という大記録だった。
当個体は、1969年式(昭和44年式)の4ドアセダン、PGC10型GT−Rである。2ドアよりも生産台数の少ない4ドアセダンはその希少性も手伝い、今日ではマニアの間でその評価が高まっている。インテリアはオリジナルながらも非常に美しいコンディションを維持しており、ルームミラーは大変希少な1970年代の日産のワークス・レースカーのものが取り付けられている。2017年の夏には「北海道クラシックカーラリー(HCCR)」にエントリー。3日間、1100kmの行程を一切のトラブルなしで走破した経歴を持つ。
エンジンをはじめとする機関系の調整も万全であり、S20らしい鋭い吹け上がりを存分に味わうことができる。またホイールは、往年のスカイライン・レーサーも履いたワタナベ製に換装して16インチ化(オリジナルはスチール製の14インチ)。現代のハイグリップ・ラジアルタイヤにも対応する仕上がりとなっている。