prev

  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_01
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_02
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_03
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_04
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_05
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_06
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_07
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_08
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_09
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_10
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_11
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_12
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_13
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_14
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_15
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_16
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_17
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_18
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_19
  • search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_20

search3nd_1972_DE_TOMASO_PANTERA_GROUP_4_overview
アルゼンチン人のレーシングドライバー、アレッサンドロ・デ・トマソがイタリアに渡って興した、レーシングカーとスーポーツカーをメインとしたコンストラクターであるデ・トマソ社。その3作目のスーパーカーとして開発・生産されたのがパンテーラです。1960年代を代表する伝説的なレーシングカー、フォードGT40の構造的な特徴を踏襲し、ボディはイタリアのカロッツエリアであるギア社がデザインを担当(デザイナーはトム・ジャーダ)、エンジンはフォード製のアメリカンV8(351クリーヴランド)を搭載するという、伊米合作のスーパーカーとして誕生しました。また、当時のスーパーカーとしては画期的な試みとなる大量生産を念頭に置き、コストの効率化を図って開発・生産されたこともパンテーラの特徴となっています。
パンテーラは70年代にレースにも出場していました。当時のグループ4レギュレーションに合わせたレーシング・パンテーラは、エンジンをアメリカの名門チューナーであるバッドムーアやガルツランドにより隅々までチューニングされ、ホーリーやクレーン、アライアス等のアメリカを代表するレースエクイップメインとで武装し、更にドライサンプ化されて500hpの出力を誇る完全なレーシング・スペックとなりました。
エンジン以外では、ブレーキがロッキード製となり、室内にはバケットシートやロール・ゲージが組まれています。外観は極太のマグネシウム製ホイール、それを収めるための巨大なFRP製のオーバーフェンダーが付き、パースペックス製のサイド・ウィンドウとともに、まさに70年代のレーシングカー特有の野生的な雰囲気を身に纏っています。
レーシング・スペックの「パンテーラ・グループ4」は僅かに8台だけが生産されました。レースカー専用となる軽量なシャシー「Tipo874A」(Aはイタリア語の軽量=Allegeritaの意/通常のシャシーコードはTipo874)が採用され、ル・マン24時間レースをはじめとする世界各地のレースに参戦することとなったのです。オリジナルのカラースキームはロッソ(赤)/ネロ(黒)の2トーンのみとなり、工場出荷時には生産された8台すべてがこの色分けで塗られていました。また、純コンペティションマシンであるグループ4をベースにロードゴーイングバージョンとしてアップデイトした、GT4も6台が生産されています。